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水戸地方裁判所 昭和36年(行)3号 判決 1963年5月25日

原告 種子孝子

被告 茨城県・茨城県教育委員会 茨城県人事委員会

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告訴訟代理人は

「(一)、被告茨城県教育委員会と原告の間で、被告茨城県教育委員会が昭和三二年三月三一日付で原告に対してなした免職処分が無効であることを確認する。

右に対する予備的請求として

被告茨城県教育委員会が、昭和三二年三月三一日付で原告に対してなした免職処分を取消す。

(二)、被告茨城県人事委員会が昭和三五年七月一四日付でなした原告の請求にかかる昭和三二年(不)第一号免職処分取消請求事件の審査請求を却下する旨の判定処分を取消す。

(三)、被告茨城県は、原告に対し、昭和三二年四月以降月額金七、三〇〇円を支払え。

(四)、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求めた。

二、被告茨城県、同茨城県教育委員会訴訟代理人および被告茨城県人事委員会代表者はいずれも主文同旨の判決を求めた。

第二、原告の請求原因

(被告らに共通の部分)

一、原告は、昭和二九年五月一日、被告茨城県教育委員会(以下被告県教委という)によつて形式上県立高等学校非常勤講師に採用され、茨城県立下妻第二高等学校(以下下妻二高という)講師に補せられた。

その後昭和三二年三月三一日、被告県教委は、昭和三二年度の下妻二高の教育課程編成上原告を雇用する必要がなくなつたとして免職処分にした。そこで同年五月二七日原告は被告茨城県人事委員会(以下被告県人委という)に不利益処分審査請求をしたところ、同被告は、昭和三五年七月一三日、原告は地方公務員法第三条第三項第三号にいうところの特別職の地方公務員であるから同法第四条第二項の規定により人事委員会に対して不利益処分に関する審査請求権を有しないとしてこれを却下する旨の判定処分をなした。

(被告県教委に関する部分)

二、しかしながら前記免職処分は左の違法事由があるので無効である。

(一)、原告は一般職の地方公務員である。したがつて地方公務員法(以下地公法という)第二八条第二九条に該当する理由がなければ免職されないのに被告県教委が原告は地公法第三条第三項第三号に該当する者であり、したがつて同法第四条第二項により同法第二八条第二九条の適用はないとしてなした本件免職処分は無効である。原告が一般職の地方公務員であると主張する根拠を詳論すれば、(イ)原告は定員の関係で形式上非常勤講師として採用されたが、実質は常勤講師である。すなわち、右採用は公法上の契約であるところ、この契約は原告と被告茨城県(以下被告県という)との間に「当分非常勤講師」の形にしておくが常勤講師として法令によりその職責と定められた週四四時間の勤務をすることを約し、給与もまた、常勤職員と同額の七三〇〇円を支払うこととし、県費からは「非常勤職員手当支給要項」に準拠して定めた額四、八〇〇円を支出し、その差額二、五〇〇円をP・T・A費から給与として支給することを約し、下妻二高P・T・Aが所定のP・T・A費の負担を引受けたことによつて成立したものであるからである。(尚右給与は元来その全額を被告県が負担すべきものであり、P・T・Aがその一部の負担を引受けたのは事実上内部的に引受けたにすぎないから、P・T・Aがその支払をしない時は、被告県が当然にその全額を支払うべきものである。)昭和三一年七月以降原告の給与に対する被告県の負担部分は四、八〇〇円から四、〇〇〇円に変動したが、その後も依然として月額七、三〇〇円を支給されていたことは、右の事実を裏づけるものである。よつて原告は法令および契約によつてその義務とされたところに従い、一般高等学校教職員に定められている全勤務時間をもつぱら教諭の仕事を助ける講師の職務に専念して教科活動は勿論、クラス別担任、掃除監督、養護教諭を引受け、カウンセリングをもなしていたものである。(ロ)国家公務員法第二条、地公法第三条の法意は、一般職を原則とし、特別職は例外として制限的列挙的にのみ定めていることは明らかで、特別職の範囲を類推解釈によつて拡張できない。地公法第三条第三項第三号で臨時または非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員およびこれらの者に準ずる者の職にある者を特別職としている。ところで講師はその勤務が顧問、参与、調査員、嘱託員と性格を異にし、持続的、自主的、人格的、創造的活動であり、原告がかりに非常勤講師であつても原告は右列記する者にあたらないからである。

(二)、原告は憲法上の公務員であり、地方自治体の職員であるから、かりに原告が地公法第三条第三項第三号に該当する者であるとしても、同法第四条第二項の規定は憲法第一五条第九二条に違背し無効である。したがつて正当な理由に基づかず法律に定めた基準によらないでなされた本件免職処分は無効である。詳論すれば憲法第一五条は公務員の罷免等の根本基準を国民の意思に基づく法律によらねばならぬとしている。又同法第九二条は「地方公共団体の組織および運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて法律でこれを定める」と規定しているが、このことと憲法一五条の趣旨を合わせ考えると地方公務員の選定、罷免等の根本基準は法律でこれを定めなければならないことを意味する。ところが地方自治法第一七二条第四項は「第一項の職員に関する任用、懲戒、分限等はこの法律に定めるものを除く外、地方公務員法の定めるところによる。」としながら、同法第三条第三項は、特別職に属する職を列記し、同法第四条第二項は、地方公務員法の規定は特別職の地方公務員には適用しないと定める。この結果、特別職の地方公務員中、地公法第三条第三項第二号第三号第五号のものについては、その選定、罷免、服務等の基準について何ら法律の規定がないことになり、したがつて地公法の右規定は憲法第一五条第九二条に反し無効である。そうすると被告県教委が原告は地公法第三条第三項第三号に該当するとし地公法を適用しないでなした本件免職処分は何ら法律に根拠がない罷免であるから憲法第一五条第九二条に反し無効である。

(三)、原告が一般職の地方公務員でなく、地方公務員法の適用をうけないとしても、原告の勤務の実態は、職務内容、勤務条件、勤務の実際において常勤職員と同一であるから、常勤職員に準ずる身分保障をうけ、地公法第二八条第二九条に準ずる理由がなければ免職できないところがその理由がないのになされた本件免職処分は無効である。

(四)、原告に対する本件免職処分は正当な理由なく、雇用関係に存すべき信義則に違背してなされたもので、解雇権の濫用による解雇で無効である。

(五)、原告は採用後まもなく茨城県高等学校教職員組合に加入し、昭和三〇年二月、その下妻二高分会委員に選任され、爾来本件免職処分当時まで同委員をつとめ活溌な組合活動を行つた。本件免職処分は処分者が原告の活溌な組合活動を嫌悪し、これを内実の理由として行われたもので地公法第五六条に違反し、原告に地公法が適用されないとすれば労働組合法第七条に違背して無効である。

(六)、原告は採用後、教育基本法が定めるところに従つて「真理と平和を希求する人間の育成」を目指す教育活動に従い、また憲法が公務員に義務づけているところに従つて、平和憲法を擁護する活動を行つた。平和、民主々義教育を守る原告の活動は職務を通し、また職務外の生活においてもなされた。

本件免職処分はこれらの職務の内外の活動に現れた原告の思想信条を処分者が嫌悪しこれを内実の理由として行つた処分であつて憲法第一四条、地方公務員法第一三条、労働基準法第三条に反し、無効である。

(七)、正当な理由なく教育者である原告の、憲法上の身分保障を侵した本件処分は、教育者の研究、教育の自由、教育者の身分保障をも含む憲法第二三条に違反し無効である。

(八)、非常勤講師というだけで正当な理由なく免職した本件処分はひろく公私立学校を問わず常勤と非常勤を問わず教育者の身分保障を定めた教育基本法第六条第二項に反し無効である。

(九)、その呼称が非常勤講師であつても、その勤務の実態が常勤と同じである原告は、教育公務員特例法第二条第二項の「常時勤務の講師」に該当するので、同法の適用をうけ、同法はその適用をうける教員を一般公務員より厚く保護する趣旨の法律であるから、これを何らの正当な理由なく解職した本件処分は、同法の趣旨に反し無効である。

(一〇)、原告に対する本件免職処分は一ケ月の予告期間をおかず、また解雇予告手当を支払わずしてされたものである。したがつて労働基準法第二〇条の規定に違反し無効である。

よつて原告は被告県教委に対して本件免職処分の無効確認を求める。かりに無効と認められない場合は、前記(一)、(三)、(五)、(七)の事由は取消事由となるので予備的に本件免職処分の取消を求める。

(被告県人委に関する部分)

三、被告県人委の判定処分は左記理由により違法である。

(一)、被告県人委は「請求者は、本件処分に関する地方公務員法の関係規定の違憲性を指摘して、本件処分の無効を主張しているが、違憲審査は憲法上裁判所においてなすべきものであつて、人事委員会がこれを行うべき限りでない」としているが、人事委員会は公務員が法令に従い処遇をうけることを保障する立場にあつて準司法的機能を有し、違憲な法令による処分につき、その是正を行政機関に命じうることは当然で、右の解釈に基づき原告の主張につき判断を拒否した本件判定は違法である。

(二)、かりに被告県人委が、審査を請求された本件免職処分について、それが違憲であるかどうか判断できないとしても、人事委員会が違憲性を看過して判断した判定の違憲性は司法裁判所の審判の対象となる。

(三)、その他原告主張の違法事由(但し前記二の(三)、(五)及び(六)を除く)を理由ないとして却下した判定は違法である。

叙上の次第で右人事委の判定は、法律の解釈、事実の認定を誤り不当に原告の審査請求を却下した違法があるのでその取り消しを求める。

(被告県に関する部分)

四、前記二において主張したように、被告県教委が原告に対してした本件免職処分は無効であるから、原告は茨城県公立学校の常勤講師の地位にあるので、被告県に対し昭和三二年四月以降前記の契約により定められた月額七、三〇〇円の支払を求める。

第三、被告らの答弁、および主張

一、(被告茨城県教委、同県の答弁)

(一)、原告の請求原因第一項は認める。

(二)、同第二項(一)の事実に対し、

被告県教委は、原告を非常勤講師として採用したもので実質上常勤講師として契約したことはない。

(1)、原告が採用になつた事情は、昭和二九年三月当時の下妻二高校長訴外村山四郎三郎は、社会科教員の部分的不足を補う意味で、原告を非常勤講師として採用すべく、県教委に内申しこれによつて県教委が採用発令したものである。従つて決して常勤講師として採用したものではない。

(2)、原告の勤務すべき時間は、昭和二九年度は週一二時間、昭和三〇年度は週八時間、昭和三一年度は週一〇時間であつた。

原告の給与は「非常勤講師手当支給要項」により一時間一〇〇円の割による時間計算によつて、昭和二九年度は月手当四、八〇〇円、同三〇年度は三、二〇〇円、同三二年度は四、〇〇〇円となるべきであるが、昭和二九年度に右規定に従い月手当四、八〇〇円を支払つたがその後も被告県教委は昭和三一年度に週担当実時数調査をなすまで、実時間数を把握していなかつたので、昭和三一年六月分まで月額四、八〇〇円を支給したものである。昭和三一年度七月以降は規定どおり月手当四、〇〇〇円を支給した。尚従前の過払分については戻入請求手続をすべきであるが手続が煩雑であり金額も少額であるため、あえてその手続をしないまでである。原告に支給すべき給与を月額七、三〇〇円と定めたこと、その一部をP・T・Aに負担させたことはない。P・T・Aが原告主張の金額を原告に支払つたかどうかは知らない。

原告は非常勤講師であるから、地方公務員法第三条第三項第三号「臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員およびこれらの者に準ずる者の職」に該当する。(昭和二六年六月一五日文調地第二一八号文部事務次官通達参照)したがつて同法第四条第二項により、同法第二八条、第二九条は適用されない。

(三)、同上(二)、(三)、(四)の見解は争う。

(四)、同上(五)、(六)の主張事実中被告県教委が原告を教育課程編成上の理由で免職処分にしたことは認めるがその余の事実は否認する。

原告を免職処分にしたのは、昭和三一年に学習指導要領の改訂がなされ、同年度から学年進行により教育課程の改訂が実施され、下妻二高で従来第一学年に配当していた「一般社会」が第三学年配当の「社会」に改められ、その経過措置として昭和三一年および同三二年度は当該年度の第三学年は既習のため「社会」の授業時間は皆無となつた。

さらに教育課程自体の中にあつても、従来社会科四科目(「一般社会」「日本史」「世界史」「人文地理」)は各五単位と定められていたものが必要に応じ三ないし五単位に定めうることとなつたので、下妻二高では「社会」以外の三科目につき各三または四単位制を採用したので社会科総授業時間数は減少し、原告を雇用する必要が消滅したので免職処分にしたもので、他の理由はない。

(五)、同上(七)、(八)の事実は否認する。

(六)、同上(九)の見解を争う。学校教育法第五〇条、同法施行規則第六五条第四八条ノ二の規定から判断して、講師を高等学校におくことを認め、それに常勤、非常勤の別のあることを示している。ところで教育公務員特例法第二条第二項は「教員」の定義をかかげ講師のうち非常勤のものを除外している。したがつて原告には、教育公務員特例法の適用はない。

(七)、同上(一〇)の事実は否認する。

被告県教委は昭和三二年二月一九日、下妻二高校長訴外中山中男を通じ原告に対し、同年三月三一日付をもつて解雇する旨予告し、同年三月三一日付で免職を発令した。よつて労働基準法第二〇条に反しない。

よつて被告県教委がなした原告に対する免職処分は何らの違法はなく、したがつて原告は昭和三二年三月三一日に県公立学校非常勤講師の地位を失つたのであるから、原告の被告県教委および被告県に対する請求は理由がない。

二、被告茨城県人事委員会の答弁および主張

(一)、原告の請求原因事実中第一項は認めるが、その余は否認する。またその法律上の見解を争う。

(二)、行政機関は違憲立法審査権を有しない。

(1)、国会は国権の最高機関であり(憲法第四一条)、法律は国会が合憲と解釈して制定されたものであり合憲性の推定をうけ、内閣は法律を誠実に執行しなければならず(同法第七三条第一号)行政機関は同様の義務を負うものであり、これは地方公共団体の行政機関である被告県人委についても同様である。違憲立法審査権は、重大な権能であつて憲法によつてのみ与えられるべきところ、憲法第八一条は、最高裁判所および下級裁判所に専属させているものである。

(2)、かりに人事委員会が原処分を違憲としてこれを取消す判定をしたとするとき、これに対して原処分者たる県教委が人事委を被告として、裁判所にその判定処分を争つて出訴することは機関訴訟となり、これを許す明文がないから不可能であり、司法審査の途が開かれていないから、憲法第八一条に反する結果となる。

(3) 地方公務員法に基づいて設置された県人事委員会は地方公務員法を完全に実施するためにあるものだから、かかる法律を否定することは自己を否定することとなり許されない。

第四、証拠関係<省略>

理由

一、原告が昭和二九年五月一日、被告茨城県教育委員会(以下被告県教委という)によつて形式上県公立学校非常勤講師に採用され茨城県立下妻第二高等学校(以下下妻二高という)講師に補せられたこと、その後昭和三二年三月三一日、被告県教委は、昭和三二年度の下妻二高の教育課程編成上原告を雇用する必要がなくなつたとして原告を免職処分にしたこと、それで原告は同年五月二七日被告茨城県人事委員会(以下被告県人事委という)に不利益処分審査請求をしたが、同被告は昭和三五年七月一三日、原告は地方公務員法(以下地公法という)第三条第三項第三号にいうところの特別職の地方公務員であるから、同法第四条第二項の規定により人事委員会に対して不利益処分に関する審査請求権を有しないとして、これを却下する旨の判定処分をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、原告は被告県教委がした原告の免職処分は違法であると主張するので、その事由について順次判断する。

(一)、原告は一般職の地方公務員である。したがつて地公法第二八条第二九条に該当する理由がなければ免職されないのに被告県教委が原告は地公法第三条第三項第三号に該当する者であるとしてなした本件免職処分は無効であると主張するので、まず原告は実質的に常勤講師であるかどうかにつき判断する。

一般に公務員の任用行為が、採用の申込を前提とする行政庁の単独行為であるか、あるいは公法上の契約であるかは争いのあるところであるけれども、いずれの説をとるにしても公務員の任用に伴う職務内容、勤務条件はその画一性と公定性が要請されるので法令の定めるところによるべく、したがつて任用行為もまた画一的になさるべきであり、行政庁の意思も法令に規制されたものでなければならないので公務員の任用の形式が重視されねばならぬことはいうまでもない。ところで原告は形式上、非常勤講師として採用されたこと、そして給与の支払も「非常勤職員手当支給要項」に基づいてなされていることは当事者間に争いがない。

つぎに原告が非常勤講師として採用されるにいたつた事情およびその後の勤務の実態につき検討するにその方式および趣旨により真正な公文書と推定すべき乙第一号証の一、二(内申書調書)、原告本人尋問の結果真正に成立したと認める甲第一号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第三号証の一ないし三四、証人中山中男、同板橋俊典の各証言および原告本人尋問の結果(但し後記信用しない部分を除く)を綜合すると以下の事実が認められる。すなわち昭和二九年三月二五日当時の下妻二高校長訴外村山四郎三郎は、定員だけでは社会科が手不足であるので、原告を非常勤講師として採用し一二時間担当させたいと県教委に内申書(乙第一号証の一)を提出したこと、その後県学務課の係員が右内申書に非常勤講師と加筆したこと、昭和二九年頃茨城県立高等学校講師(常勤)が通常受けるべき給与は月額七、三〇〇円であつたところ、原告の給与は、「非常勤職員手当支給要項」により県から月額四、八〇〇円(一週一二時間担任するとして)の支給をうけたほか、下妻二高P・T・Aから前記七、三〇〇円に満つるまでの額、即ち月額二、五〇〇円の支給をうけ、この支給は昭和三〇年度および昭和三一年度の六月分までその間現実の担任時間は減少したが、減額されることなく続けられたこと、ところが昭和三一年七月調査の結果原告の担任時間数が週一〇時間であることが判明し、同月以降被告県からの給与額は月額四、〇〇〇円に減額されたこと(この点は当事者間に争いがない)、しかし、被告県からの給与額の減額分はP・T・A費から補われ、依然として原告は計月額七、三〇〇円の支給をうけていたこと、下妻二高校長中山は原告に対し、普通の教諭のように毎日出勤するように命じたことも、また早退、遅刻届を出すように命じたこともなく、原告について出勤簿においても出勤すべき日数が記載されていなかつた(もつとも乙第三号証の一によると、昭和二九年五月には、原告についても勤務すべき日数が記されているが、これは証人中山中男の証言によると、係職員の不注意から記載されたものであつてその後注意して、かかる取扱を次月からやめさせたことが認められる)が原告は、教科指導の時間のない日であつても、他の教諭と殆んど同様毎日出勤し、遅刻、早退届を出し朝礼、職員会議に列席し、校務分掌としてクラスの副担任を担当し、ホームルームを扱い掃除監督をなし、教科外の教育活動として昭和二九年度は社会科クラブの、昭和三〇年三一年度は赤十字クラブの指導を受持ちその他カウンセリングを他の教諭とともになし、その他養護教諭の役割をも引き受けていたこと、もつとも中山校長が、原告を副担任としたのは、原告からカウンセリングの研究をするため生徒と接触の機会を多く持ちたいとの希望が出され、原告が非常勤講師だということが念頭にあつたが、副担任なら良いだろうと許可したものであること、下妻二高の昭和三一年度の各教諭の社会科担当時間数は週当り小口教諭は一六時間、板橋教諭は二〇時間であり、これは原告の週一〇時間(この点は当事者間に争いがない)と比較して時間数が多く各教諭もカウンセリングをやつていたので原告は他の教諭と異なる取扱をうけていたこと、また原告はカウンセリング研究のため、週に一回は東京へゆけるように昭和二九年度は月曜日に、授業時間がないようにしてあり、原告はその日に東京での研究会に出席しており身分取扱において常勤者とは別の扱いをうけていたがこれは一般職員のように法定の勤務時間がなく、原告の勤務時間は昭和二九年度週一二時間と定められていたためであること、以上の事実が認められ原告本人尋問の結果中右認定に牴触する部分は信用できないし、その他右認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上認定の事実関係からすると、非常勤講師として採用された原告のカウンセリングについては、その職務内容の一部とは認められず、出勤関係についても常勤職員と異なるものが認められるばかりでなく、特別教育活動についても必ずしも義務的なものとは認められないから、原告は形式、実態ともに非常勤講師と認めるのが相当である。

原告は非常勤講師であつても、地公法第三条第三項第三号に該当するものでないと主張する。

しかしながら、非常勤講師は教諭の一時的不足を暫定的に補う意味で採用されるものであるから、その暫定性または特殊性からいつて一般の地方公務員と取り扱いを異にすることがむしろ合理的であると考えられるので、非常勤講師は地公法第三条第三項第三号にいう「非常勤の嘱託員に準ずる者」に該ると解するを相当とする。そうすると特別職たる非常勤講師には同法第四条第二項により原則として地公法の適用はないので、被告県教委が非常勤講師たる原告を地公法第二八条第二九条の事由の存しないのに免職したことは何らの違法はないので原告の右主張は理由がない。

(二)、原告は地公法第四条第二項の規定は憲法第一五条第九二条に違背し無効であり、したがつてこれに基づいてなされた本件免職処分は無効であると主張するので判断する。

地公法第三条は一般職に属する地方公務員および特別職に属する地方公務員とを定め、同法第四条第二項は法律に特別の定がある場合を除く外同法は特別職に属する地方公務員には適用しないと定めているので公務員の任免、服務分限等に関する同法の規定は特別職の公務員には適用されないことになるわけであるが、同法第四条第二項の趣旨は特別職の公務員の性格から見て、同法を適用することは不都合不当な結果をもたらすことになるので、その適用を原則として排除したものであると考えられ、このことは何ら憲法第一五条第九二条に反するものではない。そして高等学校の非常勤講師については、学校教育法第五一条第二八条同法施行規則第六五条第四八条の二により任意設置の職として認められ、地方教育行政の組織および運営に関する法律第三四条はその任命権者を教育委員会と定めているのである。ところで、原告は非常勤講師であり地公法第三条第三項第三号にいう「非常勤の嘱託員に準ずる者」に該当するものと認むべきことは前認定のとおりであるから、任命権者たる被告県教委が原告を地公法第二八条第二九条の事由が存しないのに免職したことは何ら憲法第一五条第九二条に反するところはないので、原告の右主張は理由がない。

(三)、原告は勤務の実態が常勤講師と同一であるから常勤職員に準ずる身分保障をうけ地公法第二八条第二九条に準ずる事由がなければ免職できないと主張するけれども、原告の勤務関係は常勤講師にまぎらわしい点はあるがその間に身分上差別した取扱がなされていて実質上も非常勤講師と認むべきことは前認定のとおりであるから、原告の右主張はその前提を欠き理由がない。

(四)、原告は被告県教委がした本件免職処分は正当な理由がないので解雇権の濫用で無効であると主張するけれども、本件免職処分は後記認定のように正当な理由に基づくものであるから原告の右主張は理由がない。

(五)、原告は本件免職処分は原告の活溌な組合活動を嫌悪してなされたもので地公法第五六条に違反し、原告に地公法の適用がないとすれば労働組合法第七条に違反し無効であると主張するので判断する。

原告が免職されるに至つた事情につき検討するに証人中山中男の証言によつて真正に成立したと認められる乙第五号証、前記証人板橋俊典、同高橋清、同中山中男の各証言および弁論の全趣旨を綜合すると、下妻二高の社会科総時間数は週当り昭和二九年度(原告採用時)は七五時間であつたが、同三〇年度は六五時間となり、昭和三一年度からは学習指導要領が改正され、そのときまで社会科は一般社会、時事問題(もつとも下妻二高には、この科目は設置されていなかつた)、世界史、日本史、人文地理の五科目で構成されていたが、一般社会と時事問題は統合され「社会」(一般)となつたので計四科目となつたこと、そして一科目五単位であつたものが(時事問題を除く)三単位ないし五単位の巾で定めうることとなり、下妻二高でも、昭和三一年度は家庭科の人文地理は三単位、昭和三二年度では普通科の日本史が四単位、家庭科の世界史、人文地理が各三単位と定められたこと、また今まで第一学年で教えていた一般社会は第三学年に配当されたこと、昭和三二年度の三年生は一般社会を既に履修していたので、昭和三二年度は「社会」の時間は設けられなかつたこと、そのため、同校の社会科総時間は週当り昭和三一年度は六一時間に、同三二年度には四九時間となつたので教諭だけで社会科時間を担任しうることとなつたこと、そのため被告県教委は教育課程の編成上原告を雇用する必要がなくなつたので原告を免職したことが認められ右認定を覆えすに足りる証拠はない。

もつとも、証人千勝三喜男、同中山中男の各証言および原告本人尋問の結果を綜合すると、原告は採用後まもなく茨城県高等学校教職員組合に加入し、昭和三〇年二月以降本件免職処分をうけるまで、下妻二高分会委員をつとめ、下妻市役所吏員の転任撤回斗争、ウインアピール、官公労が主体となつた市民税減税運動等に参加し、下妻二高校長から、同校の校舎改築に市からも予算が出ているから行動に注意するよういわれたこと、また下妻地区の母親会の発会に努力したり職務の内外において平和運動をなし、組合活動を活溌に行つたので、右中山中男から、原告は県教委からにらまれているから注意するようにと折にふれ忠告をうけたことが認められ右認定を左右する証拠はない。

右認定の事実からすると、被告県教委が原告の行動に深い関心を抱き活溌な組合活動を喜ばなかつたことは推認できるけれども、被告県教委が原告を免職したのは原告の組合活動を嫌悪したことに基因すると認むべき証拠はなく、前認定のように教育課程の編成上の都合が決定的原因であつたと認められるので何ら労働組合法第七条に違反するものではなく(原告は非常勤講師で地公法の適用のないことはさきに説示したところであるから、地公法第五六条違反の主張は理由がない)、原告の右主張は理由がない。

(六)、原告は本件免職処分は被告県教委が原告の思想、信条を嫌悪してしたものであるから憲法第一四条地公法第一三条労働基準法第三条に違反し無効であると主張するけれども、被告県教委が原告を免職したのは前認定のように教育課程の編成上原告を雇用する必要がなくなつたためであるから憲法第一四条労働基準法第三条に違反するものではなく(原告には前説示のとおり地公法第一三条の適用はない)原告の右主張は理由がない。

(七)、原告は本件免職処分は、憲法第二三条に違反し無効であると主張するけれども、本件免職処分は前認定のように、正当な理由にもとづいてなされたものであるから、同条に反するものではなく、原告の右主張は理由がない。

(八)、原告は本件免職処分は教育者の身分保障を定めた教育基本法第六条第二項に違反し無効であると主張するけれども、本件免職処分は前認定のように正当な理由にもとづいてなされたものであるから、同条項に反するものではなく、原告の右主張は理由がない。

(九)、原告はその呼称が非常勤講師であつてもその勤務の実態が常勤と同じであるから教育公務員特例法第二条第二項の「常勤講師」に該当するので、本件免職処分は同法の趣旨に反し無効であると主張するけれども、原告は形式実態共に非常勤講師であることは前認定のとおりであつて常勤職員とは異るのであるから、原告は教育公務員特例法にいう「教員」あるいは「教育公務員」にあたらないのみならず同法の準用(二二条)をもうけないのであるから同法の適用のあることを前提とする原告の右主張は理由がない。

(一〇)、原告は本件免職処分は労働基準法第二〇条に違反し無効であると主張するので判断する。

本件免職処分が、昭和三二年三月三一日付でなされたことは当事者間に争いがなく、前記証人中山中男の証言、および原告本人尋問の結果によると、同年二月一九日に下妻二高校長中山中男は原告に対し、県教委から、原告を同年三月三一日付で免職する旨の通知が来ていることを告知したことが認められ、これに反する証拠はない。

そうすると、被告県教委は原告を免職する一ケ月以前に免職の予告をしているので、労働基準法第二〇条に違反するものではなく原告の右主張は理由がない。

三、原告は、請求原因第二項掲記の事由が免職処分を無効ならしめるものでないとしても、同項(一)(三)(五)(七)の事由は免職処分の取消事由となると主張するけれども、原告主張の事由は、いずれも認められないので、原告の被告県教委に対する本訴請求(予備的請求を含めて)は理由がないものといわねばならない。

四、被告県人委の却下判定処分について、原告主張の違法事由について順次判断する。

(一)、原告は、被告人事委が不利益審査にあたつて、地方公務員法の違憲性の主張に対する判断を回避したのは、人事委員会が準司法的機能を有することにてらし違法であると主張する。

元来憲法に牴触する下級の法規範は論理上は当然に効力が否定されるべきであるが、そのためにはまず憲法に適合するか否かを判断することが必要である。ところで法律は、国会によつて合憲と判断のうえで制定されたものでそれ自身合憲性の推定をうけるところ、わが憲法は国会を国権の最高機関としているから(第四一条)、行政機関は合憲とする立法府即ち国会の判断に従わねばならない。ところで被告県人委は準司法的機能を有するとはいえ、行政機関であるから、具体的な法律を違憲と判断することは許されないものというべく、したがつて本件審査について、違憲の主張について判断を示さなかつたことは正当といわねばならない。憲法第八一条が違憲立法審査権を司法権にのみ専属させていることは、一般に国民から直接選挙される国会の立法を否認することは、民主々義の原理上重大な問題であるからその行使に当つては慎重熟慮のうえなされるべきであり、したがつてこれは人権保障を担当する裁判所に属させることを示したものであることからも明らかである。したがつてこの点に関する原告の主張は理由がない。

(二)、勿論県人委が違憲性を看過して判断した判定の違憲性は司法裁判所の審判の対象となるところである。しかしながら、前認定のように原告は地公法第三条第三項第三号にいうところの特別職にあたるので同法第四条第二項によつて同法の適用はなく、同法第四条第二項の規定が憲法に違反するものでないことはさきに説示したところであるから、原告は被告県人委に対して、地公法第四九条による不利益処分に関する審査請求する権利はなく、また本件免職処分に原告主張の違法事由の認められないことは前記二、において判断したとおりであるから被告県人委の判定は相当であつて、何ら違法の点は認められないので、その取消を求める原告の請求は理由がない。

五、原告は被告県に対して、茨城県公立学校非常勤講師の地位にあるとして、給与相当額の支払を請求するけれども、前認定のように被告県教委がなした本件免職処分は何ら違法はなく、したがつて原告は、昭和三二年三月三一日付で非常勤講師の地位を失つたものであるから、原告の被告県に対する請求はその前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく失当といわねばならない。

六、結論

以上説示のとおりであるから、被告県教委に対し本件免職処分の無効確認、予備的にその取消を、被告県人委に対し判定の取消を、被告県に対して給与の支払をそれぞれ求める原告の本訴請求はいずれもその理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 諸富吉嗣 浅田潤一)

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